プログラム言語Fortran-第1部:基底言語 JIS改正原案作成委員会

第3種専門委員会

プログラム言語 Fortran—第 1 部:基底言語 JIS 改正原案作成委員会

委員長 岩下 英俊(SC22/Fortran WG 小委員会主査)

1. 経緯

 Fortran は古くから使われている科学技術計算向けのプログラム言語であるが,その国際規格は近年になって急速に拡張されている.2000年以降これまでに3回の改正があり(Fortran 2003,2008及び2018),オブジェクト指向を取り入れた仕様の現代化の方向と,並列実行を意図したさらなる高速化の方向への発展が特に顕著である.
 掲記JIS改正原案作成委員会は,最新の国際規格ISO/IEC 1539-1:2018(Fortran 2018)に対応するJIS規格 X3001-1を制定するために,2020年11月に発足した.現行のJIS規格は2つ前の国際規格(Fortran 2003)に対応したものであり,これをベースとした改正原案を現在作成している.

1.1 過去の経緯

  • 2つ前の国際規格(Fortran 2003)への対応: 原案作成委員会は2005年4月に活動を始め,活動期間は3年4ヶ月の長期に渡った.長期化した理由は,そもそも規格の規模が非常に大きいためである.国際規格は570ページほどあり,訳語を検討または再検討するために抽出した用語・構文要素などは2000語以上あった.委員は皆本業の合間に献身的に対応した.
  • 1つ前の国際規格(Fortran 2008)への対応: 委員会を再び長期化させないことが強く求められた.そのため,委員会を立ち上げる前に準備期間として有志による作業を進め,見通しが立ってから委員会を立ち上げようと考えた.結果として,この試みはうまくいかなかった.数年続けても委員会立ち上げの目処が立たず,そうこうしているうちに現在の国際規格(Fortran 2018)の公開が近づいてきたため,この規格のJIS化は見送ることとなった.
 活動期間の長期化を繰り返さないためには,規格の規模の問題に対して何らかの対策が必要である.また,準備期間を長く取ってもモチベーションが下がるだけで何も良いことはない.

1.2 委員会の発足

 原案作成委員会の発足は,委員の本業の都合を考慮して2020年11月とした.構成は,委員長,委員8名,オブザーバーとして対応国際規格の執筆者1名,その他関係者として経済産業省3名,JSA 1名とITSCJ 1名である.委員として参加いただける企業は減っている.直前2年間に2社が辞退し,他の会社にも声掛けしたが協力者は見つからなかったので,日本電気と富士通の2社しか残っていない.一方で国際SC22/WG5との関係は良好で,オブザーバーには情報を頂いたり仕様の意味解釈を助けてもらったりしている.
 活動期間の長期化は避けなければならない.対応国際規格の規模は648ページに増え,かつ,章立ての変更や新しい概念の追加など現行JIS規格からの差分も大きいので,今回もやはり規模の問題が一番の課題になる.幸い,現行JIS規格の原案作成を行なった15年以上前と比べると,資産管理,進捗管理やCIツールなどが格段に使いやすくなっているし,手作業・目視作業を軽減するための軽いツールを自作することも簡単になっている.チャレンジングではあるが,これらをうまく活用すれば,作業効率の大幅な改善は可能であると考えた.

2. 作業内容

2.1 作業の進め方

 作業は以下の手順で進める.
  1. フェーズ1: 各章(箇条)と附録のそれぞれに対して,担当者を立てて下訳(最初の日本語訳)を作成し,他の委員によるプレ・レビューとレビューを経て,各章の訳が完成する.下訳においては,現行JISとの互換性の確認のため,現行JISに対応する国際規格と現行国際規格の比較を行いながら,現行JISからどこが削除されどこが追加されたかが分かる印を付け,プレ・レビューではそれを確認する.
  2. 1.で抽出した新しい用語や構文要素について,適切な和訳を全員で議論して決める.
  3. フェーズ2: 各章の訳を集約し,目次と索引を生成する.国際規格に対して発行されているcorrigendum(正誤表)にできる限り対応する.全員で最終確認を行なう.
 月1回委員会を開催し,進捗の確認,課題の共有,ツールの説明などを行う.

2.2 作業中問題となった点

  • 過去の原案作成作業は主に紙ベースで行われていて,資料は月一の会議で互いに配布することができた.レビュー結果などは紙に手で赤入れするのが楽でかつニュアンスが伝わりやすかった.しかし昨今の状況では,対面での会議は出来ないという前提で進め方を考え直す必要があった.資料は全てオンラインで読み書きできるようにする必要がある.Zoom 会議とメールだけでニュアンスがどれだけ誤解なく互いに伝わるかには不安はある.
  • 担当者により進捗の違いが大きい.本業が忙しければ作業が停滞するのはやむを得ないことであり,計画し切れないところがある.進捗のリスクとして考えておく必要がある.
  • 過去のJIS規格も対応国際規格もLaTeXで書かれているので,原稿作成にはWordではなくLaTeXを使用している.LaTeXの方が対応する自作ツールを作りやすいのは良い点だが,他のJIS規格とは違う独自の道を進むことになる.次の版でどうするかは再検討した方が良いかもしれない.
  • 当初はWikiなどの自作のWeb環境で資産管理・進捗管理を行なおうとしたが,セキュリティー対策のための操作の煩雑さやレスポンスの悪さが負担に感じられた.そこで,GitHub のリポジトリを開設し,開発資産とQ&Aの管理をここに集約することにした.
  • 本来の作業以外の手間はできる限り削減して作業が効率よく進むように,共通に使えるツール(例えばレビューに役立つ付加情報を含むPDFファイルの生成)を整備する必要がある.しかし,個人により使用する環境(WindowsまたはLinux)や文字コード(S-JIS,UTF等)が違うので,ツールの共通化は難しい.また,企業によりセキュリティポリシーが違うので,フリーのツールの活用も限りがある.クラウド環境でツールを構成してこれを使ってもらう方向で進めている.

3. その他

 PDF 版にハイパーリンクの機能を付けるべきという意見がある.JISのPDF版では,JSAが無断コピーを防止する機能を付加するときに,全てのハイパーリンクが無効になってしまうと聞いた.技術的な問題だけなら,ハイパーリンク機能を残してもらうようご検討をお願いしたい.
 対応国際規格のPDF版では,目次/索引からそのページ/語句へのリンク,図表番号からその図表へのリンク,用語からその定義へのリンク,構文要素からその構文へのリンク,章番号の参照からその章へのリンクなどを実現している.我々も同等な機能を提供したい.近年ではPDFにハイパーリンク機能があるのは常識であり,これがなければ紙の版と比較したメリットは殆どないのではないだろうか.